冒険する組織の、その先へ
~AI時代の組織は「信頼」と「越境」で強くなる~
効率性の檻に閉じ込められた組織で、個人のポテンシャルは見過ごされてきた。しかし、もしその停滞や失敗までも、新しい価値を生むための豊かな「資源」になりえるとしたら?答えなき時代の「組織の冒険」は、いかにして始まるのか?
資源をめぐらせるアミタと、問いの力で組織に「冒険」を取り戻し活性化させるMIMIGURI。一見異なる二つの「めぐらせ」が重なった時、いったいどんな化学反応が起こるのか―。
しまうまフレンド七組目は、知の越境者であり、「冒険する組織」への変革を導くファシリテーター、株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEOの安斎勇樹さん。レッツ!しまうまトーク!
目次
成果の前に、道草がある ―ハンター試験(対談)、開始―
夕闇に染まるアミタ循環資源製造所、そのサイロ(※貯蔵タンク的なやつ。もちろん安全第一)の頂上にて――
安斎:よッ。待ってたぜ、末次。なぁ、俺が求めてるのは、ゴールの旗とか、成果の数字じゃねぇ。そんなものはあとでいい。俺が知りてぇのは、そこに至るまでの寄り道。泥。失敗。苦い葛藤。人が育つのって、だいたいそういう道草のとこだろ?
末次:安斎君、相変わらず神出鬼没だね。ここ一応、"資源循環の聖域(サンクチュアリ)"なんだけどな。......今日は僕を狩りに来たのかい?
安斎: ハッ、狩りじゃねーよ。観察だ。
お前みたいな青臭い夢を語る野郎が、どんな組織論をもってやがるのか、どんな生き様を見せてくれんのか、俺が見定めてやろうと思ってな。
さぁ、見せてみろよ、お前の"念(ビジョン)"を!
末次:フフフフフ......いいだろう。ならば僕も、君という『未知』を、その『知性』と『異才』を、全力で深堀り、社会の資源(エネルギー)に変換させてもらうよ。
安斎:へッ、上等。......今夜は楽しもうぜ。大いにな。
ドォォォォン!!!!(※効果音です。実際の応接室は静かです)
――みたいな幻覚が見えるほど、末次は今日の対談を楽しみにしていた。
我に返ればそこは、いつもの応接室。目の前のMIMIGURI代表・安斎勇樹氏はにこやかに微笑んでいる。が、しかし、その背後には、隠しきれない"冒険する企業"のオーラが立ちのぼっている。
「はじめまして」の裏側で、すでに二人のハンター試験(対談)は始まっていた。さぁ、どちらから仕掛けるか。僕からか?奴からか?――
と、またまた妄想が暴走しかけたところで、末次は再度我に返った。
末次:いかんいかん。対談前にジャンプ読みすぎた。(笑)
ポテンシャルフェチが信じる、"意外な開花"のつくり方
末次:お久しぶりです!さっそくですけど、安斎さんはいろんなところで「ポテンシャル」という言葉を挙げられていますよね。多くの人を惹きつける安斎さんならではの「ポテンシャル」の捉え方やその原点についてお伺いしていいですか?

安斎氏:かなり複合的ではあるのですが、「ポテンシャル」というのは僕の中で非常に重要なキーワードです。今でこそ世の中のため、ということを考えていますが、昔は極めて利己的な欲求として、「自分のポテンシャルを抑圧されたくない」という思いが強くありました。
末次:なるほど。「もっとポテンシャルを発揮したい!」という前向きな思いと、「やりたいことがやれずに抑圧されている」という感覚は、裏表かもしれません。「ポテンシャル」という言葉を使うには、まず自己認識が必要ですし、自分が抑圧されているかどうかも意外と気づきにくいものですよね。
安斎氏:そうですね。僕は今でも親に感謝しているのですが、幼少期からやりたいことをかなり自由にさせてもらったんです。「野球をやりたい」「サッカーをやりたい」と言えばすぐに環境を与えてもらえた。ただ、僕はかなりの飽き性で、バットやグローブを買ってもらった瞬間に満足してしまうような子どもでした(笑)そうやってわがままに育ててもらいながら、「自分がこの世界にどうフィットするのか」を確認する作業として、色々なガチャを回し続けていたのだと思います。
結果、バスケットボールだけは自分の感覚にすごく合って、長く続きました。ところが、怪我で手術をすることになり、プレイヤーとしての道は断念せざるを得なくなってしまった。「もっとこうなりたい」というイメージはあったのに、環境要因で力を出せなくなってしまったわけです。しかし、マネージャーとしてコートの外側からプレイを眺めてみると、思いのほかそれが楽しかったんです。それまでは「プレイできないなら意味がない」と思っていましたが、メンバーにアドバイスをしたり、課題を見つけたりするのが意外に面白く、「自分に向いているかもしれない」と感じました。こうした体験から、ちょっとした環境の変化で自分のポテンシャルが発揮されたり、されなかったりするという感覚を持つようになりました。
末次:ご自身の中で「ポテンシャル」という言葉を意識したのはいつ頃だったんですか?
安斎氏:いつだろう......意外と漫画の影響が大きいかもしれません。僕は少年ジャンプっ子だったので、主人公の才能が開花するようなベタな展開が大好きで。特に、主人公そのものよりも、サブキャラクターが意外なポテンシャルを発揮するシーンに興奮するんです。『ドラゴンボール』なら孫悟飯、『ダイの大冒険』ならポップのように、弱気なキャラがきっかけを掴んで強くなる展開ですね。『スラムダンク』で言えば三井寿です。彼は膝の怪我という境遇が自分と重なりすぎて、もはや自分事としてしか見られませんでしたが(笑)「バスケでこうなりたい」という夢は叶わなかったけれど、意外にもコートの外側で輝けるかもしれないという実体験が「僕もまだ気づいていない才能があるはずだし、きっと他の人もそうなのだろう」という信念に結びついたのだと思います。
末次:そうした原点があるからこそ、安斎さんの書籍や発信には、他の人には出せない独自のバリューがあるのかなと想像しました。人や組織に化学変化を起こさせて気づきを与えるという点も他にない切り口だったりするんでしょうか。
安斎氏:おそらく、「思想」と「方法論」の掛け合わせにあると思います。思想としては、うまくいっていない現状を誰かのせいにしないこと。「組織がうまくいっていないのは誰かが悪いわけではなく、もったいない状況にあるだけだ」という前提に立ち、そこを変えていくための方法論、つまり「道具」に徹底してこだわっています。大学院時代、ワークショップやファシリテーションの源流にいる哲学者ジョン・デューイの研究をしていました。彼は「プラグマティズム(道具主義)」を代表する哲学者で、「この世に絶対的な真理があるわけではなく、知識はその役に立つかどうか(有用性)で価値が決まる」と考えました。だから僕は、組織がうまくいっていない「真の原因」を探ることにはあまり興味がないんです。「結局どうすればうまくいくのか」を考えたい。
末次:なるほど、よくあるのは「本質的な課題の探求がまず必要」という議論ですが、そこに時間をかけるより、具体的な方法論を考えるほうがいいってことですね。
安斎氏:犯人探しをしても現実は変わりませんからね。「あなたのせいだ」とか「これが悪の根源だ」と突きつけても、何も解決しません。誰かのせいにするよりも、状況を変えるための「道具」の開発にいそしんだほうがいいなと。
末次:ふんふん。ポテンシャルって、環境の変化や他者との関係性の中で生み出されたり、うまくいっていないプロセスが変わっていくときに顕在化したりするものってことですね。
安斎氏:まさにその通りですね。
ポテンシャルは"ある・ない"じゃない。関係性で立ち上がる
末次:「関係性」とポテンシャルの接続についてもう少し深めたいのですが、「ポテンシャル」って一般的には、その人の中に固定的に「ある・ない」という静的なイメージで語られがちですよね。でも安斎さんの話を聞いていると、もっと動的なものとして捉えられている気がするんです。関係性の中でどんどん変化していくナマモノな感じというか。
安斎氏:確かにそうかもしれません。
末次:そしてそれがまさに、イノベーションの源泉にも繋がるのではないかと感じています。
安斎氏:はい、まさにそうだと思います。大学院時代の副指導教官であった岡田猛先生からも多大な影響を受けているのですが、創造性(クリエイティビティ)の研究領域でも、その認識は共通しています。半世紀ほど前までは創造性とは「一部の天才が持つ性格的特性」として研究されていましたが、現在の前提は「ダイナミックな状況や環境との相互作用の中で、現象として発現するもの」と捉えられています。誰も思いつかなかったような歴史的な大発明だけが創造性なのではなく、「その人にとっての新しい発見」も立派な創造性なんです。
たとえば最近の例で、妻と子どもの朝食を用意するときに、僕は豆腐を食べたくて......でも妻はあまり好きじゃない。それが、北海道出張で買った「山わさび」を乗せてみたら、妻がめちゃくちゃ豆腐を食べてくれるようになったんですよ(笑)
末次:へえ(笑)。確かに冷奴に山わさびは、あまり乗せようと思わない組み合わせですね。
安斎氏:「生姜より合うじゃん!」という発見は、世の中には既に知っている人が沢山いるでしょうけれど、私の中ではめちゃくちゃ新しい発見なんです。
末次:なるほど、身近な例ですごく腹落ちします。
安斎氏:そういう自分や家族にとっての小さな発見、職場や業界にとっての発見といった「いろんなレベルのクリエイティビティ」がある中で、それらは環境や関係性がちょっと変わることで生まれてくるものだという信念を持っています。
末次:あぁ、それは私たちが事業の根底に据えている「循環」とも通じる気がしますね。廃棄物を天然資源の代替原料に変える循環資源事業で例えると、循環が前提なので1社では完結せず、関係者がバトンのように資源を渡していく、それが繋がったときにこれまで使えなかったものが使えるようになるという「新しい価値」が生まれるんですよね。社内でもよく話すのですが、産業革命による技術イノベーション、インターネットによる情報イノベーションと続いてきましたが、これからは関係性による「社会イノベーション」が必要なのではないかと。イノベーションを遠い存在として捉えるのではなく、環境や社会の制約が圧倒的に強まっているからこそ、生活や暮らし起点でイノベーションの認識や人間観みたいなのを取り戻しながら、アップデートしていく必要があるんじゃないかなと思いますね。そしてそんな時代だからなおさら、安斎さんの組織論がすごく染みる。
安斎氏:なるほど。変化ってさまざまな連鎖によって起こるものだからこそ、どうやって触発の連鎖を作っていくかを考えなければいけませんね。
末次:ほんとそうですね。ちなみに安斎さんは実際に企業向けの組織開発に取り組まれて、どのくらいになるんですか?
安斎氏:そうですね、どこからを組織づくりの支援と呼ぶかは難しいところですが(笑)組織の課題にファシリテーターとして一点突破的にアプローチし始めたのは2010年頃からです。より複合的に、栄養面も運動面も見るような包括的な支援になってきたのは、この5年くらいでしょうか。
末次:15年ほどのキャリアの中で、時代の空気感や、組織変革に対する企業の反応は変わってきましたか?
安斎氏:大きく変わりましたね。15年前に博士論文でワークショップデザインを研究し、「人のポテンシャルが発揮される場づくり」を掲げて活動を始めた頃は、依頼の半数以上が消費的なオファーでした。表向きは「長期的な課題を考える場をつくり、組織のカルチャーを変えていきたい」とおっしゃるのですが、結局は「学生も巻き込んでなにかやった」という広報活動だったり。
末次:よく言えばCSR的な位置づけ、悪く言えば表面的な、という感じですか。
安斎氏:ええ。当時は、事業開発支援領域のワークショップも担当させていただく機会が多かったのですが、何回もワークショップを重ねて新しいアイデアを生み出すプロジェクトでも、実は経営企画室側で既に仮説があって、外部の人間にディスカッションさせて同じ答えが出るかを試すような案件もありました。だからその「ありき」の仮説とずれると、フィードバックされ続けるとか、どれだけ新奇でイノベーティブなアイデアが出ても、飛べば飛ぶほど注意されるみたいな(笑)
末次:安斎さんの嫌いな予定調和にはまれと。
安斎氏:そうですね、表向きは長期的な投資だと言いながら、裏では短期的なメリット回収のために予算が使われている。自分の専門性が踏みにじられたような気持ちになることもありました。当時25歳でしたから、若さもあったと思います。28歳の時に呼び出されて「何だあのワークショップは」と詰められた大手メーカーの方が、今では「安斎先生」と呼んでくださる。時の流れを感じます(笑)
末次:芸能人の若手時代みたいですね(笑)
安斎氏:そうなんですよ。3回連続ワークショップの1回目が終わって、クリエイティブなアイデアが爆発的に出て手応えを感じていたら、翌日呼び出されて。会議室に入ると、一番若い担当者が最前列にいて、その方がものすごい剣幕で怒るんです。後ろには偉い方々が腕組みして座っている。明らかに「怒らされている」んですよね。
末次:本人は別に怒ってないわけでしょう、多分。
安斎氏:でも出世したいからめちゃくちゃ怒ってる(笑)それで私が必死にワークショップで出たアイデアを修正して納品すると、今度は「何やってんだお前は」と。
末次:それ、ポテンシャル潰しまくってるじゃないですか。
安斎氏:本当にそう。そういう消費のされ方をした時代もありました。でも徐々に、企業側も「そう簡単にはイノベーションは起きない」「組織もすぐには変わらない」という、ある種の諦めと同時に「コツコツやっていかなければ」という認識が広がってきた。さらにコロナで前提が一変し、リモートワークになって「出社しないとマネジメントできない」という問題が露呈したり、人間関係の借金がたまると膿が噴出することが可視化されたりして、より本質的な伴走が求められるようになりました。
そのタイミングで私も『問いのデザイン』を出版し、35歳になりました。今40歳ですが、少しずつ実績も積み重なり、社会的な状況と自分のキャリアが追いついてきた感覚があります。今はじっくり投資していただいて、本当の意味で変革に伴走できるようになってきました。
末次:よかった。なんか僕まで嬉しい(笑)

AIが進むほど、人間の『信頼』が資本になる
末次:安斎さんは、昨今のAIの発展をどう見ていますか? 組織論や人間観を超えるような影響があるのでしょうか。
安斎氏:AIによる組織変革の影響はこれから確実に来るでしょう。理論的には、社内のあらゆる情報をデータベース化し、AIにコンテキスト(文脈)を学習させれば、社内の暗黙知を形式知化したり、調整役に徹する「超優秀なAIマネージャー」が誕生して生産性が劇的に上がるはずです。実際、僕個人としては、過去の100万字以上の文章を学習させた「最強のエージェント」がいるので生産性は上がっていますが、これは僕のコンテキストを食わせているからできることなんです。
末次:ドラクエの装備みたいに、アカウントがリセットされたら戦力が激減するわけですね。
安斎氏:そうです。これを組織全体でやろうとすると、多くの会社がつまずきます。子会社も含めてデータ管理のロジックがバラバラで、情報を横串で見ることができないからです。実際、ITに強い某大手グループのAI推進担当の方と対談した際も、「グループ全体でデータを統合管理するのは無理ゲーだ」と諦めていました。
末次:なるほど。コンテキストを読み込んだAIが全体最適を図るのではなく、個人の業務支援という部分最適で止まってしまうわけですね。魔法の杖ではないと。
安斎氏:ただ、ベンチャー企業などからじわじわと「AIと共に働く」ことが当たり前になっていくとは思います。そうなると、正社員と業務委託の方、そしてAIエージェントが混在して働くようになり、信頼関係や共通言語を作るコストがこれまで以上に上がります。
さらに懸念しているのは、「人間が置いていかれる感覚」です。例えば社内システムにAIが作った提案が投げ込まれ、それに対して誰かがAIで即レスする。そこに誰の意思や責任があるのか曖昧なまま、物事が進んでしまう。実際、僕の講演のプロフィールに、AIが勝手に生成した「僕が書いていない著書」が掲載されていたことがあって(笑)担当者がAIで作って、責任者が確認せずにOKを出してしまったんでしょうね。
末次:あるあるですね(笑)企画書の矛盾に突っ込んだら「あ、それはAIが提案してきたもので......」って。いや、お前が提出したお前の企画書やろー!みたいな。
安斎氏:あるあるです。そうやって「誰が決めたんだっけ?」「納得感がないまま進んでいるな」というモヤモヤが増えていく。責任感とオーナーシップを持っていない意思決定事項みたいなことがすごく増えてくると思うんですよ。だからこそ、組織づくりにおいて、人の内発的動機や関係性、感情的な葛藤をちゃんとケアしてファシリテーションすることの重要性は、むしろめちゃくちゃ上がっていくと思います。
末次:AIが普及するほど、逆に人間臭い部分のケアが必要になるというのは面白い逆説ですね。
安斎氏:その意味では、我々のコンサルティングビジネスにとっては完全な追い風なんです。技術的な課題解決型のコンサルはAIに取って代わられるかもしれませんが、我々のような「部門間の謎のズレ」や「人間の内面・関係性の齟齬」を扱う伴走型のファームはニーズが高まるでしょう。AIが組織のズレを増幅させるからです。ただ一方で、組織を維持する「意義とコスト」は本質的にすごく上がっていくと思います。正直、僕がいま20代だったら、会社なんて作らない気がするんですよ。
末次:もう遅いって感じしますよね(笑)
安斎氏:ええ(笑)会社を作るとしても、80人規模になんてせず、めちゃくちゃ慎重に仲間を選びます。それくらい「なぜ組織でやるのか?」が問われる時代になるし、個人はどんどんソロ化していくでしょう。もし僕が今『冒険するキャリアの作り方』という本を書いたら、既存の『冒険する組織のつくりかた』とは真逆の内容になると思います。「冒険するキャリアに組織は不要だ」と。でも、組織を作らないと人間の多様な自己実現欲求を満たせないこともある。この「個人のソロ化」と「組織の求心力」のせめぎ合いの中で、どちらが勝つのかがこれからのテーマですね。
末次:組織の意味、そして信頼の話ですね。僕らの事業においても、まさに「取引コスト」と「信頼」が鍵になっています。廃棄物を循環資源にする仕事なので、いつどんなものが出るかわからない、いわば「どこの馬の骨かわからないもの」を扱うわけです。ペンやPCを買うのとはわけが違う。だからこそ、「アミタさんが言うなら信頼しよう」と思ってもらえる関係性がないと成立しません。
昔、ある工場の営業に行った際、担当者から「うちには副産物(ごみ)なんて出ていない」と門前払いされたことがありました。でも、信用や信頼の基盤がある銀行経由で財務担当者に「これが資源化できれば御社の利益にもなりますよ」と説得して一緒に現場に行くと、さっきの担当者が「これです」と出してくる(笑)
安斎氏:隠していたわけですね(笑)
末次:「ごみが出るのは恥ずかしいことだ」という意識があったんでしょうね。このように、見えないものを可視化し、取引コストを下げるためには「信頼」をどう形成するかがビジネスのベースになります。AI時代だからこそ、そうした信頼を資本にする企業文化が求められている気がします。
安斎氏:めちゃくちゃいい話ですね。まさにそこがAIには絶対代替できない部分です。情報の非対称性を埋めたり調整したりするのはAIの方が得意かもしれませんが、「やる気を出す」とか「最後までやり遂げよう」と思う気持ちは、どんなに優秀なAIでも生み出せません。「AIが壁打ちに付き合ってくれたから、それに応えてこの本を最後まで書こう」とはならないですからね(笑)
末次:ならないですね(笑)
悟空はなぜ必要か。組織の壁を越える「越境する個人」
末次:安斎さんの『冒険する組織』について、変われる組織と硬直化したままの組織の違いや、阻害要因についてお聞きしたいです。また、私たちは今、産官学民連携で「ESA(一般社団法人エコシステム社会機構)」という、組織を超えた社会実証の場を作っているのですが、行政、企業、市民とそれぞれ時間軸も利害も異なる中で、どう共通言語を作るかという課題も感じています。
安斎氏:阻害要因については、私自身も難しさを感じています。『冒険する組織』の話をすると、経営層も現場も「いいですね」と共感してくれるんです。でも、経営は「現場にどう伝えるか」悩み、現場は「マネージャーに聞かせたい」、マネージャーは「経営にわかってほしい」と言って止まってしまう。まるでエンドレスのバケツリレーで、誰も悪くないのに「空気」を前にして対話を諦めてしまうんです。この分断を越えて「目線は同じだよ」と繋ぐ人がいないのが問題です。
末次:誰も悪くないのに変われないというのは辛いですね。
安斎氏:そこで重要になるのが、まさに「越境する個人」、言い換えれば「空気の読めない人」です。漫画『東京喰種』の金木や『ドラゴンボール』の孫悟空のように、人間とグール、地球人とサイヤ人といった「両方の気持ちがわかるかわいそうな人(ハーフ)」がいないと、分断は止められません。社内で部門を越えて異動した人や、経営と仲の良い新人など、複数の畑の気持ちがわかるブローカー的な存在が突破口になります。
末次:そういう人を意図的に作る仕掛けもされているんですか?
安斎氏:ええ、インフォーマルな繋がりを作ることは意識しています。変革プロジェクトの前に社内講演を行い、あえて部門を越えたグループで感想や愚痴を共有してもらうんです。そうすると「あ、悩みは同じなんだ」と気づける。人間はどうしても自分の所属する「村(部門)」の内側を味方、外側を敵と認識しがちで、法律よりも「村の正義(空気や忖度)」が勝ってしまうことが往々にしてあります。経営学者の中原翔先生が『組織不正はいつも正しい』で指摘したように、組織の目標達成のためなら不正も正当化されてしまう「ソーシャル・アバランチ(社会的雪崩)」が起きるメカニズムですね。
末次:「線の認識」は大事ですね。組織図上の線や個人の能力主義の線が強すぎると、そこから解き放たれるのは難しい。私たちも戦略や戦術といった軍事用語を使いますが、軍事的な組織観からの脱却が必要です。
実は私たちが今挑戦しているESAは、まさにこうした「村の壁」を越える実験なんです。エコシステム社会機構と名付けたこの取り組みは、行政、企業、大学、市民といった異なる"村"の住人が集まって、「関係性資本」を可視化・循環させる社会システムへの転換を目指しています。
でも、本当に難しいのは共通言語を作ることなんですよね。企業の人は「自社のプロダクトが売れればOK」と考えるけれど、自治体の人から見たら「いや、環境だけじゃなくて福祉も教育も全部網羅しないと地域は回らない」と。時間軸も全く違う。企業は四半期で動くけど、行政は数年単位、研究者は十年単位で考える。
安斎氏:まさに異なる正義を持つ村同士の接触ですね。
末次:そうなんです。ただ、面白いことに気づいたんです。個人レベルでの越境はうまくいくことが多い。内発的な動機で、所属に縛られずに参加してくる人たちがいる。その人たちが化学反応を起こして、新しい可能性が見えてくる。でも、それを組織として制度化しようとすると、途端に動かなくなる。
安斎氏:それは興味深いですね。個人は越境できるのに、組織は越境できない。
末次:ええ。だからESAは、ある意味「ノイズを取り除く装置」になるんじゃないかと今、考えているんです。たとえば霞が関でずっと働いている官僚の方が、普段とは全く違うロジックで動く世界に触れることで、自分の価値基準を相対化できるような。いわばサードプレイスとして、規範やスコアや共同体の空気から少し離れた場所を提供する。
安斎氏:それは大いにありますね。産官学民連携の場などは、異なる「村のルール」を持つ者同士が出会うので、自分の価値基準を相対化するきっかけになります。私自身も研究者から経営者になったことで、「論文を書かない研究者は死んだも同然」というかつての村の基準からは外れましたが、両方の言語がわかる翻訳者としての価値に気づくことができました。
末次:安斎さんご自身がまさに「越境者」であり、村を出て葛藤した孫悟空のような存在なんですね。
安斎氏:そうかもしれません(笑)研究と実務、どちらからも「中途半端だ」と言われる葛藤はありましたが、その間の狭い綱を渡れるポテンシャルがあると言ってくれた師匠の言葉が支えになりました。異なる正義の間にあるグレーゾーンで価値基準を作っていくには、そういう場を作り続け、葛藤し続けるしかないのだと思います。
末次:ESAもまさにそのグレーゾーンを意図的に作る試みなんです。完璧な答えはまだ見えていませんが、異なる村の住人が集まって、お互いの正義を理解し合いながら、新しい価値基準を一緒に作っていく。その繰り返しの中でしか、本当の意味での社会イノベーションは生まれないと思っています。
反射で動く毎日をやめる。自分のペースを取り戻す『デトックス』
末次:最後に、安斎さんがこれから探求していきたいテーマや、読者へのメッセージをお聞かせください。
安斎氏:御社のような社会レベルでの循環や、大きなビジョンに向かうためにも、私は今「個人がどうあるべきか」に強い関心を持っています。デジタルプラットフォームによって個人のポテンシャルを抑圧するノイズが増幅し、自分自身を操縦する難易度が極めて高くなっている現代において、人は「自由から逃走」してしまいがちです。でも、みんなが鋼のメンタルで冒険し続けるのは現実的ではありません。だからこそ、自分の興味に従って人生を楽しむための「小さなアクションの処方箋」や、自分の手綱を取り戻すための方法論を一緒に考えていきたいですね。
これは働き方の文脈で語ることもできますし、もっとシンプルに、趣味の楽しみ方のレベルでも語れる話かもしれません。
末次:激しく共感します。アミタでは定款にも「いのちの尊厳を守る」を掲げていますが、それは自分の存在の意味や価値を関係性の中で見出して生きることだと思うんです。先ほどのリサイクルの話と同じで、世間が「ごみだ」と言っても、自分で「これは資源(価値)だ」と定義すればいい。そうやって個人が自分の価値を表現できる社会になればいいですよね。
安斎氏:そうですね。「やりたいことが見つからない」という悩みも、結局はノイズに対して即レスし続ける「ボットモード」になっているからだと思うんです。共同体の空気の中で上司に聞かれても、その空気の中でのリアクションしか出てこないですから。
末次:学生も「やりたいことがわからない」と言いますが、自分の内側を観察できていないだけなんですよね。一度モードチェンジするスイッチが必要だと感じます。
安斎氏:そのモードチェンジを、うちの共同代表のミナベは「デトックス」と呼んでいます(笑)
末次:デトックス、いいですね(笑)具体的にはどういうことですか?
安斎氏:要は、他社で活躍していた優秀な中途採用の方ほど、短期的なPDCAを回すことに慣れすぎているんです。土日ですら「サウナに行って、子どもの世話をして、あれもこれもやって」と生産的に充実させないと不安でたまらない。そういう「焦り」や「自分への早期評価」という毒素を一度抜いて、物事をゆっくりじっくり楽しめる状態に戻すこと。これを「デトックス」と定義しています。そうしないと、本当の意味でのポテンシャルは発揮されませんから。
末次:「デトックス」は本当に大事ですね。私たちも新入社員に対して、過去の固定観念を抜くことを「脱色」と言っていますが、まさに同じです。体に溜まった毒を抜くイメージですよね。
安斎氏:そうなんです。健康的な状態に戻すということですね。
末次:そして、その「脱色」や「デトックス」を経た個人を、どう受け入れるか。これが組織の側の課題だと思うんです。私たちは今、「ライフ・ワーク・ラーン(Life Work Learn)」という考え方を大事にしています。
安斎氏:ライフ・ワーク・ラーン?
末次:ええ。今の新卒は、下手したら80年近く働く時代じゃないですか。そう考えた時に、ありがたく合流してくれた仲間が、この先80年をどう生きるかを考えたら、いろんな働き方があっていいはずなんです。
すごく短期的な思考でバリバリ働きたい時もあれば、ライフステージが変わってゆっくり働きたい時もある。製造の現場にいたいと思う時もあれば、コンサルティングをやってみたいと思う時もある。学び直したい時もある。
だから私たちは、「会社」という器の考え方を変えようとしているんです。固定的な雇用契約に縛られるのではなく、循環するプラットフォームとして、多様な働き方を通じて、仕事を超えて、人生を学ぶ"場"でありたい。一度離れた人がまた戻ってくることも歓迎したいし、外で学んだことを持ち帰ってもらうことも価値だと考えています。
安斎氏:素晴らしいビジョンですね。実は私たちMIMIGURIでも、一度抜けてまた戻ってきた人が出始めています。
末次:そういう出入りが活発にあり、外のネットワークとも繋がり、関係性が広がることで、MIMIGURIさんのエコシステムがぐっと広がっていきますよね。しかも良い関係を築いていれば、離れた人たちがファンになり、顧客になり、マーケットになる。外にある経営資源や資本を、どうシームレスに繋げていくか。そういう循環型のプラットフォームこそが、これからの組織のあり方だと思うんです。
安斎氏:個人が自分の手綱を取り戻しながら冒険できる場を、組織が提供する。個人の自由と組織の求心力が、対立するのではなく循環する関係になる――それこそが、これからの理想的な形なのかもしれませんね。
末次:ええ。組織という"場"で他者と化学反応を起こしながら、個人が「やりたいことをやれる自由」が伸びやかに表現される。そんな未来を、一緒に作っていきたいですね。
安斎氏:賛成です。じゃあ、冒険開始ですね。まずはこの「会社」という"場"で。

対談者 | 安斎勇樹 氏(株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO)
東京大学大学院 情報学環 客員研究員。1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人の創造性を活かした新しい組織・キャリア論について探究している。主な著書に『冒険する組織のつくりかた:「軍事的世界観」を抜け出す5つの思考法』『問いのデザイン』『新 問いかけの作法』などがある。Voicy『安斎勇樹の冒険のヒント』放送中。


