未来デザイン談義 -安田 登 氏×熊野 英介 編- vol.2

「エコシステム」をテーマにした2020年の啐啄同時、910月は、能楽師 安田 登 氏との対談形式(全4回)をお送りします。古典から最新のテクノロジーまで、古今東西の身体知に精通し、多彩な創作活動を行う安田氏。
今回は、新たな価値づくりの鍵となる、組織や社会における「集合知」の生み出し方と、「共時性(シンクロニシティ:意味のある偶然の一致)」について語り合いました。
(対談日:202087日)

生命のデータベースと集合知

熊野:ここまで、人工知能や人工生命の話題から、命とはなにか、人間を人間たらしめるものは何か、という話をしてきました。「自律性」と「忘却性」がキーワードでしたね。

忘却は無意識に起こるものですが、無意識と言うと、「共時性(シンクロニシティ)」の理論を提唱したユングが「集合的無意識」という概念を定義しています。生まれながら人間に備わっている、特定の文化圏あるいは人類一般に共通する無意識です。

仏教の主流は「因果論」ですが、「五識」と呼ばれる5つの知覚作用(色・声・香・味・触)の他に、「末那識(まなしき)」「阿頼耶識(あらやしき)」と言われる領域があります。

「末那識」は、様々な感覚や意識を統括して"自己"という意識を生み出す心のはたらき、自己意識のこと。「阿頼耶識」はさらに深く、この自己意識を含む知覚・認識など"様々な意識の根底にある意識"です。

こういう定義はなにかと難しいので、私は「阿頼耶識」を勝手に"40数億年の生命のデータベース"と呼んでいます(笑)。これは、自分一人ではなく、悠久の歴史の中で、はるか昔の祖先が体験、経験したことや、自然も含めた他者との交わりの中で培われ、またアップデートされていくものです。独立した個の領域であると同時に、集合知(あるいは集合的無意識)の領域でもある。私はそんなイメージで捉えていますが、先生はどうお考えですか?

安田氏:"40数億年の生命のデータベース"というのはとても面白いですね。これからの無意識は人間だけに限定すべきではないと思っています。精神分析学の創始者フロイトの時代から長らく、そういった意識・無意識について考えられてきました。彼の精神分析は、無意識を意識化する試みです。次の時代は、意識・無意識の両方、さらには今熊野さんがおっしゃったように、個人よりも広い範囲の意識・無意識が集合化していく時代になるのではと、私は考えています。

よく、こんな比喩が使われます。地球上には、いくつもの大陸や島があり、それぞれ分離しているように見える。しかし海の水をすべて抜くと、すべての大陸や島々は1つにつながっていると。同じように一人一人を大陸とすると、すべての意識は繋がっているんだと。

portrait.pngもっと分かりやすく言うと、集合知とは、「アレ」と言えば皆が分かるものです。能の掛け合い、間合いもそうなのですが、それは共通の価値観と訓練により形成されます。価値観だけが揃っていればいいように思いますが、訓練も必要です。

熊野:どのような訓練をすればよいのでしょう?

安田氏:能楽師は、「身・心・智」の3つの分野から稽古をします。最初の10年ほどは身体による稽古を徹底的に行うのですが、その過程で師匠の考え方や意識の方向性も自分の中に取り込み、さらに能650年の歴史の智も身体化していきます。拍子の呼吸や抑揚は、譜面やマニュアルがあるわけではないので、身体的な訓練によって集合知化され、それが何百年と口頭伝承的に受け継がれています。

例えばアミタさんの場合、企業哲学を形成する元となる歴史観や時代観を具体的に共有する訓練でしょうか。歴史や事象を情報としては覚えるのはそれほど難しくないですし、それらの意味や背景にある思想は、皆で話しているうちに自然と血肉になります。能では、一人前になる前に、素人の方への稽古を始めるようにいわれます。他人に教えることによって身につくことも多いからです。アミタさんも、社員の方が歴史観や時代観などを外部の方にお話する機会を設けるのもいいかもしれません。ただ、それが義務的にならないようにすることも大切ですね。あくまでも楽しく。(写真は能舞台に立つ安田氏)

「知」の身体化と関係性が鍵になる時代へ

安田氏:また自らに取り込み、身体化すべき知恵と、クラウド化しても良い知識を分けることも大切です。実は今、韓国語を勉強しているんです。喋るだけが目的なら翻訳ツールで十分なのですが、自ら多くの単語を覚えることで、"日本語のこの言葉の本来の意味はこうだったのか"といった、新たなひらめきやインスピレーションが生まれるんです。私にとってフランス語はクラウド化してよい知識ですが、韓国語は日本語と関係性が深いので、身体化すべき知恵と切り分けています。人や企業によって、その判断は異なるので、目的に合わせて見極めることが大切ですね。

そして、"虚"の拡張によって、「知」の意味もまた変化していると思います。

今年、東京大学の大学院の入試にオンライン試験が導入され話題になりましたが、今後様々な試験の場面で、問われる力や知性の質が変わってくることが予想されます。オンライン化が進めば、インターネットで検索することはもちろん、やろうと思えば人に尋ねることもできるのです。こうなると、頭に詰め込んだ知識量ではなく、統合的な思考力と広い人間関係を持つ人ほど有利になってきますし、それはまさに今、大学や企業が求める人材像とも合致します。

これまでは "何かあればGoogleに聞く"のが主流でしたが、「脳のクラウド化」には時間がかかるし、裏取りが必要な情報も多い。これからは、得意な人に聞く方が早い。つまり、信頼できるリアルな関係性をどれだけ持っているか、が重要になってくる。あとはそうした人から得た知識や対話から生まれる発想を、どう統合的に思考し、新しい発見、価値を生み出せるか、ですね。

熊野:アミタではそれを「人間関係資本(豊かな関係性)」と呼んでいます。 "豊かな"とは、"信頼できる"関係性という意味です。そういう関係性が、人生や社会の財産になると考えています。

安田氏:まさにそうです。そしてそうした関係性は、"虚"ではなく"実"、リアルな関係性でしか築くことができません。

「豊かな関係性」をつくるためには、共感やシェアも大事ですが、「必要のない関係を思い切って断つこと」もポイントです。孔子は「道同じからざれば相為に謀らず」(目指す道がちがう者の間では、有益な議論はできない)と言っています。人生は長くても100年くらいしかない。だからこそ、無理にすべてとつながろうとするのではなく、ご縁がある、と思える人と重点的に関係を築くほうがいい。

私は論語などを学ぶ「寺子屋」というイベントを時々開催しているのですが、告知は基本的にTwitter23日前に一度か二度投稿するだけです。すると偶然Twitterを見た、ご縁のある人だけが集まるんです。メルマガは出しますが、寺子屋では参加者の名簿も作りませんし、いろんなSNSで積極的にアナウンスしたりは、あえてしないようにしています。それでも毎回、70名くらい集まります。

(写真は安田氏主演の舞台『イナンナの冥界下り』より。 世界最古の神話を、最古の言語シュメール語と最古の演劇・能楽を軸に創作・上演する。

Inanna.jpgのサムネイル画像

熊野:ああ、あえてその設計にされている、大変面白いですね。仏教では「すべての物事には原因がある」という因果論が主流ですが、ユングが唱えた「共時性(シンクロシニティ)」は非因果論。たまたま、偶然の産物。

私が今、先生とこうして対談していることは因果論で説明できますが、先生と出会えたこと自体は偶然です。それでいて、全くの"たまたま"ではない、互いの人生が交わったことには、それまでの生き方や興味分野など、意味的な連なりがあり、無意識の働きかけがあったように感じます。

安田氏:そうですね。「ご縁」というのがまさに「共時性(シンクロニシティ:意味のある偶然の一致)」です。

熊野:ありがとうございます。ここからは、さらに踏み込んで、時間とはなにか、魂とは何か、という話題に触れていきたいと思います。

(次回に続く) 


次回は、因果論を越えた思考や感動(魂が震える表現)を生み出すヒントとして、人間の時空間に対する意識変化について語り合います。(vol.3109日公開予定)。

対談者

安田 登 氏

能楽師(下掛宝生流)。東京を中心に能の舞台に出演するほか海外での公演も行う。また、シュメール語による神話の欧州公演や、金沢21世紀美術館の委嘱による『天守物語』の上演など、謡・音楽・朗読を融合させた舞台を創作、出演する。著書多数。NHK100de名著」講師・朗読(平家物語)。

  

参考図書

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