「VUCAの時代に求められる"エコシステム経営"と新たな価値を生み出す組織能力 "ダイナミック・ケイパビリティ"」後編

不確実性が高く変化の激しい時代の新たな経営論として今、大きな注目を集める「ダイナミック・ケイパビリティ」。企業がイノベーションのジレンマから抜け出し、持続的な競争優位を獲得するには?
新連載「道心の中に衣食あり」の初回は、「ダイナミック・ケイパビリティ」研究の第一人者である菊澤研宗氏を迎え、アフターコロナに求められる企業経営・価値創出について語り合いました。(対談日:2021年1月6日)
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「共特化の原理」と「ビジネス・エコシステム」

熊野:冒頭から自社の話で恐縮ですが、我々アミタグループは2021年、環境の課題解決事業から社会の課題解決事業へのシフトを決め、新たな「社会デザイン事業」を開始しました。
この時、大事だと考えた点は2つあります。1つは人事制度の変革で、これにより社内の既存ルールを変えること。もう1つが、目指すべきステークホルダー経営の実現です。

ステークホルダー経営を目指すのは、先生のご著書にもある「ビジネス・エコシステム」の形成が目的です。
このビジネス・エコシステムについて、まずはご説明いただけますか。

IMG_1375トリミング後.jpg菊澤氏:ダイナミック・ケイパビリティ論でいう組織変革の場合、まずオーディナリー・ケイパビリティがあって、それ自体をダイナミック・ケイパビリティで変革していくのですが、そこで大きな問題になるのは、必ず反対勢力が出現するということです。それゆえ、彼等を説得するために膨大な取引コストが生じることになります。
そのため、変革を実行するには、この取引コスト以上にプラスを生み出すような変革つまり既存の資産の再構成・再配置・再利用が必要になります。

この既存の資産や技術を再構成・再配置するために提唱されているのが、「共特化の原理」であり、「オーケスレーションの原理」とも呼ばれている原理です。これは、個別に利用しても大きな価値を生み出さない特殊な資産や知識を再配置・再構成・再利用することでより大きな価値が生まれる相互補完的な効果のことであり、また指揮者が専門演奏者集団であるオーケストラを再配置・再構成することで、全体としてより良い演奏を生み出すような効果を意味します。

したがって、新たな発明や知識やビジネスを創造した場合、単独でビジネスを展開するのではなく、この共特化の原理やオーケストレーションの原理のもとに、戦況を有利に運ぶために、材料調達から製造、そして販売に至るまでに様々な企業を巻き込んで、いかにビジネス・エコシステム(ビジネス上の生態系)を形成するかが重要となります。

熊野:日本でよく言われる「三方よし」は、収益性よりも持続性が目的だった時代に生まれた言葉だと思います。昔はマーケット規模が小さかったので、下手なことをすれば人を雇えなくなったり、仕入れ条件が悪くなったりするので、自然と三方良しになる。持続性を考えると、組織は自然に社会性を帯びるものです。

今ではESGやSDGsなどヨーロッパ発の概念を中心に、やはり企業が社会的価値にコミットしないと経済的価値を生み出せない、という考えに市場全体も変化しています。価値の源泉である人や自然の問題を、もう誰も無視できない時代です。これまで企業内で大事に守っていたコアコンピタンスだけでなく、これからはノンコア領域においてもステークホルダーと豊かな関係性を結ばないと、事業や組織の持続性は担保されません。組織内のみならず、市場や社会における関係性の増幅装置として、企業がある。

つまり企業は今、「何を目的に経営能力を発揮するか」が問われているのだと思います。 事業や組織が、共通の価値観や目的、すなわち企業ミッションに基づいて統合されていることは、社内外の信頼獲得と組織力強化に繋がります。良質な経営資源が集まりやすく、共感をベースにした社員の積極的なコミットメントも期待できる。

また常に目的や上位概念に立ち返ることで、「手段の目的化」を避けることや、目先の利害関係を超えて他社と共創する可能性も生まれます。これからは「持続可能性」という共通の価値観をベースに、内外の関係性を再構成し、価値創出に向けて、集合知をどう創っていくか。そういう時代に突入していると思います。

菊澤氏:「共特化の原理」は、これまで知識や物理的資産との単なる結合関係に見られるものと思っていましたが、お話していて面白い発想だと思ったのは、共特化の効果を生み出すには、実はまずミッションやコンセプトや理念があり、そのもとで個々の特殊な資産が結び付けられる関係ではないかということです。「ミッションベースド・ダイナミック・ケイパビリティ」と言った方が良いかもしれません。

直接的な資産間や知識間の結合ではなく、まずミッションやビジョンがあり、それを正しいと経営者が価値判断し、そして社員もそれに共感して、既存の人的・物的資産のみならず知識・技術資産を再構成・再配置していく。それがダイナミック・ケイパビリティによる新しい変革の在り方だと思います。

利己の先の、大きな利他の市場へ

菊澤氏:私は、人間の行動原理は2種類あると思っています。1つは損得計算の行動原理。これは、例えばある新ビジネスに関して損得計算上プラスの場合には実行し、マイナスの場合には実行しないというシンプルな行動原理です。
これはオーディナリー・ケイパビリティに関係する重要な行動原理です。ただし、頭のいい人ほど広く多様なコスト(取引コスト)を認識し、損得計算するので、マイナスが多くなり、保守的になりがちです。それだとイノベーションは起りません。

もう1つは価値判断の行動原理です。これは、もしある新ビジネスを展開することが正しいと価値判断すれば実行するが、正しくないと価値判断した場合には実行しないという行動原理です。しばしば、これら損得計算の原理と価値判断の原理が相互にぶつかるケースがあります。つまり、損得計算上は得なのだが、価値判断としては正しくないというケースです。その時には、価値判断に従って行動できるかどうかが重要となります。

今日、日本人、とくに優秀な人ほど、価値判断を避け、損得計算だけで行動しようとします。なぜなら、価値判断は主観的なので、その行動に対して責任を取らなければならないからです。これに対して、損得計算原理に従う行動は、誰もが同じ計算をするので、それに従うことは客観性があり、それゆえに責任を取る必要がなくなるからです。

熊野:私もこの仕事で最初の業態改革をする時、人間の行動原理について考えました。やはり人間にとって強い動機性は損得で、利己主義的なエゴを刺激する方が、社員もまとまるし、お客さんも掴める。しかし損得で集めた人は、やはり損得で散っていってしまう。

そこで本当の強いエゴはなんだろうと考えた時、気付いたのは「孤独はいやだ」という人間の本能的な欲求です。これは人間誰もが持ち、かつ三大欲求よりも強い欲求だと思います。そしてこれを解決する方法は、豊かな関係性を築くことしかありません。「孤独でなくなるために豊かな関係性を持ちたい」と、70数億人の人類全員が同じ欲望を持った瞬間、利己の先に大きな利他の市場が表れるのではないか。これは人類史上初の長寿の時代の、新しい哲学になり得るのではないかと考えています。そして、その先頭を日本が走っている。

孤独という、この強い負のエネルギーを自覚せざるを得なくなったのがコロナ禍だと思います。結果、「人は日々忙しく、日々楽しく、日々孤独である」と。つまり孤独を紛らわせるために、SNSや携帯ゲームに没頭し、仕事に邁進し、日々忙しく過ごしている。これは"個人という消費者を増やせば世の中が良くなる"と、損得勘定最優先の経済や社会を築いてきた結果です。今、人々の社会性は低下し、"選択させられている自由"に気が付かず、自由なのか不自由なのか分からない状況にあります。

このような誤作動が起きている時代に、企業はかつてない挑戦を求められていると思います。つまり、先ほどの話に通じますが、最大の社会課題である「孤独」を開放する仕組みを、企業が世の中に提供できるのか、ということです。

日本企業が持つ、ダイナミック・ケイパビリティの潜在能力

菊澤氏:おっしゃるとおり、企業が損得計算とは別に、人権、環境、そして持続性を考えるのが当たり前の時代に突入していますね。企業の収益性だけではなく、ミッションや理念が重要視されるのはとても良いことだと思います。ただし、この時、行き過ぎた理想主義に陥ってしまわないよう注意することが必要だと思います。

なぜなら、あまりに偏った理想主義、ユートピア思想は、自身の理想を他人に強制したり、理想に当てはまらない人を駆逐したりしてしまう可能性があり、排他性・暴力性を帯びる可能性があるからです。ヒトラーや一部の過激な宗教のように。大切なのは、具体的に何を解決したいのかを明確にし、現実的な問題を前提に理念を掲げることだと思います。

IMG_0907トリミング後.jpg熊野:そうですね。理想だけで人々を動かすのは運動家ですが、仕組みを作ることで人々の行動を変えていくのが企業の役割です。アミタグループは「発展すればするほど、自然資本と人間関係資本が増加する持続可能な社会を実現する」という、ある意味壮大な理想を掲げている会社ですが、その根本には、「孤独をなくしたい」という具体的な課題設定があります。

菊澤氏:そうそう、具体的な目の前にある課題をなくす、という視点があることが大事だと思います。それがない、ただもう何の苦しみも悲しみもないユートピアを!という思想は危険です。

熊野:理想主義に傾倒し過ぎないようにという点は、一神教的な神や天という歴史より、曖昧模糊とした自然というものを価値観の中心にしてきた日本人には、馴染みがあるかもしれません。自然はナチュラル、あいまいで泡沫で、弱いものの集合体です。逆に「強さ」とは、人工的なもの、工業的なものだと言えます。しかし弱さも、繋がれば強さに変わる。それも、自然が我々に教えてくれることです。
もちろんゼロイチの世界ではないので、時々ズルも出てくるでしょうが(笑)、それもカバーし合う。「我々は曖昧で弱い存在だ」という自覚のもとに繋がって、安定と強さを手にするのです。

先ほども言いましたが、今我々は、人類史上初の超長寿の時代を迎え、その結果、多くの人が、孤独や格差の問題と向き合わなければならなくなりました。だからこそ、繰り返しにはなりますが、私たちには今、この「弱さの哲学」が必要になるのではないでしょうか。

ミッションベースド・ダイナミック・ケイパビリティを以て、企業の価値変容を起こすサービスや商品を生み出す。これにより、武力や経済力による資源の奪い合いや、中央集権型の情報管理社会ではない、すべてがすべてに依存するエコシステムに倣った、豊かな関係性で繋がる「第3の社会モデル」を世界に提示したい。私はそう考えています。

菊澤氏:自然に倣う「弱さの哲学」、面白いですね。日本の企業や産業自体が、本来、ダイナミック・ケイパビリティに適合する要素をたくさん持っています。企業内の労働流動性の高さもそうですし、企業間関係も非常に曖昧な結びつきで、組織なのか市場なのか分からない程です。こうした曖昧さは、外部環境の変化に柔軟に対応でき、ダイナミック・ケイパビリティを発揮しやすい構造になっています。潜在的にダイナミック・ケイパビリティと相性がいいのです。これを意識的に発揮しない手はありません。
反対に、アメリカのように外部労働市場の流動性ばかりを気にし、株主至上主義の経営にシフトすると、人はどんどん「コスト」として扱われていきます。

熊野:我々は今年から「いのちをコストにしない」というテーマを掲げています。工業的な産業では、自然も人間も資産表に載りません。経費や原料費のコストとして載ります。この常識を、そろそろ見直さなければなりません。

これまでの日本の製造業を代表する垂直統合モデルは、企業へのリスペクトは強いが変化には弱い。反対に、アップルに代表される世界中で製造する水平分業モデルは、変化には強いが元企業に対するリスペクトはどうしても弱くなる。アフターコロナの時代は、垂直にも水平にも社会的な価値で繋がっていく、大きなエコシステム経営がスタンダードになるのではと思います。

アフターコロナの「エコシステム経営」

熊野:世界は急速に変化しています。これからは量子コンピュータやディープラーニング、ブロックチェーン等の技術が、主要なメカニズムになる時代です。機能性の追求により、制度や仕組みがより効率化されていく。しかし、そうした社会を突き進んでいった先に、人々の幸福があるのでしょうか?

技術はあくまで手段の1つです。人々はどのような価値を目指して生きるのか、世界はどのような価値に向かっているのか?企業は、人々や世界が求める価値を具現化するのが仕事です。その価値は、常に潜在的な人々の心にあるものです。その心を見つめなければ、本当の価値は見つからない。我々はそう考えています。機能は、決して価値の代用にはなりません。

ここに、新たな価値創出のヒントがあります。これからは、消費欲求を満たすことが価値とされる時代から、参画欲求を満たすことが価値となる時代にシフトしていきます。 参画欲求を満たすサービスや商品は、利用するほど自分らしさが手に入るため、何度も関係性を持ちたくなります。
その結果、不特定多数の顧客単価を上げる消費市場から、特定の人々の参画欲求を満たすことで乗数効果を狙う市場へシフトしていくでしょう。

これまでの企業の役割は、"経済を回して利潤を生み、社会貢献する"ことでしたが、今後は"社会的価値を伴うサービス提供により、経済を生み出していく"ことが求められると思います。

菊澤氏:なるほど。でも、どれだけ科学技術が発達しても、やはり完璧なものはできないと思います。いつかどこかで不条理は起こりますよね。
古い考えかもしれませんが、私は今後、倫理や信頼がますます大事になると思います。それを大切にすれば、人間関係はガラッと変わります。個々人が相互に利己的利益を追求すると、ゲームの理論が証明しているように、必ず囚人のジレンマに陥ります。つまり、個々人が徹底的に損得計算して利己的利益を追求すると、互いに相手を裏切ることが合理的となり、結局、全員が最悪の結果に陥るというジレンマに直面してしまうのです。しかし、もしお互いが相手を信頼すれば、状況は一気に良い方向に変わります。

よく経営の美学と言われますが、それは「倫理」だと思います。倫理を無視する企業は「汚い」といわれます。そうでない企業は「品が良い」といわれると思います。かつて日本企業を成功に導いた「安くて品質の良い製品を作る」という戦略では、もう競争優位を得ることはできません。そのような企業は、アジア諸国にたくさん登場してきています。今後、日本企業は視点を変えて倫理という領域に注目し、世界の人々から「日本企業は信頼できる、絶対に裏切らない」という形で信頼を磨いていくべきではないでしょうか。それが競争優位になる可能性もあります。

IMG_1414トリミング後.jpg熊野:今こそ企業は創業期のように存在価値を改めて自覚し、社内外の関係者を巻き込みながら、どのような価値を創っていくのか、が問われていると思います。

菊澤氏:私もこの対談を通して、共特化の原理やオーケストレーションの原理が、良き価値観や理念を基に、企業内外の人・モノ・金を再構成・再配置することであることを理解できました。これまで、ダイナミック・ケイパビリティ論は損得計算に基づく経済合理的な議論なのか、あるいは価値判断に基づく哲学的な議論なのか、迷っていましたが、両方に関係していることがわかりました。

熊野:私たちアミタもまた、今年、存在価値を改めて問い直し、ミッション実現に直結する事業活動を新たにスタートします。これまでの産業・地域といった事業区分を統合し、「社会の持続性」という共通の価値観の下で、産業や地域の壁を越えた共創を生み出していく試みです。
複数企業や地域と共同で構築中の、人・資源・情報のプラットフォーム。これに40年間培ってきた、全国各地の自治体、多様な業種・業態の企業、専門家など、サステナビリティを標榜する良質なネットワークとノウハウを重ね合わせることで、持続可能な企業経営や地域運営を実現していきます。

菊澤氏:まさにミッションベースド・ダイナミック・ケイパビリティによる、ビジネス・エコシステムの形成が期待されますね。
日本企業の再構築が進んでいくことを願っています。

対談者

菊澤 研宗 氏(慶応義塾大学商学部・商学研究科教授)

1957年生まれ、慶應義塾大学商学部卒業、同大学大学院博士課程修了後、防衛大学校教授・中央大学教授などを経て、2006年慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科教授。この間、ニューヨーク大学スターン経営大学院、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。元経営哲学学会会長、現在、日本経営学会理事、経営行動研究学会理事、経営哲学学会理事。『戦略の不条理―なぜ合理的な行動は失敗するのか』(光文社新書、2009年)、『組織の不条理―日本軍の失敗に学ぶ』(中公文庫、2017年)、『改革の不条理―日本の組織ではなぜ改悪がはびこるのか』(朝日文庫、2018年)、『成功する日本企業には共通の本質がある―ダイナミック・ケイパビリティの経営学』(朝日新聞出版、2019年)など著書多数。

事業創出プログラム「Cyano Project(シアノプロジェクト)」オンライン説明会

企業が「イノベーションのジレンマ」に陥ることなく、時代や社会の変化に合わせて新たな価値を創出し、
経営と社会の持続性を高めることを目的とした約3年間の事業創出プログラム「Cyano Project」。

3/25(木)および4/27(火)に開催する本プロジェクトのオンライン説明会にて、
価値創出に欠かせない組織能力「ダイナミック・ケイパビリティ」について菊澤氏にご講演いただきます。

イノベーションのジレンマにお悩みの企業の方、サーキュラーエコノミーやサステナビリティ推進、
経営企画・事業開発等のご担当者様は必見です。是非、ご参加ください。

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参考図書

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【代表 熊野の「道心の中に衣食あり」】に対するご意見・ご感想をお待ちしております。
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