信託精神に学ぶ、未来志向の価値づくり(前編)
2024年4月に設立された、循環と共生をコンセプトに公民の共創を促進する「一般社団法人エコシステム社会機構(Ecosystem Society Agency:略称ESA、以下ESA)」。
当社はESAの正会員企業として発起参画し、代表取締役社長 兼 CIOOの末次貴英が代表理事を務めています。このたび、当社の代表取締役会長 兼 CVOの熊野英介が、ESA理事の金井司氏と対談を行いました。
三井住友信託銀行株式会社において2003年にサステナビリティ部署を立ち上げ、20年以上にわたって業務を牽引してきたフェロー役員の金井氏。
持続可能な企業経営の先駆者である2人が、海外と日本における時代認識の違いや今後の日本社会への想い、そしてESAへの期待などについて語り合いました。
(対談日:2024年6月10日)
現状肯定で、思考停止に陥る日本
熊野:今日は金井さんの想いをぜひ、お話いただければありがたいなと思っています。私のファシリテートにかかっていますね(笑)。
金井氏:こちらこそよろしくお願いします(笑)。
熊野:さっそくですが、金井さんはいつ三井住友信託銀行に入行されましたか?
金井氏:1983年です。
熊野:その頃はまだ、世の中にサステナブルという概念はそれほど広まっていませんでしたよね。1984年に国連が「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」を設置して、委員会が終わる1987年に公表された「Our Common Future」という通称ブルントラント報告書でサステナブルという概念がより具体的に書かれました。その後、1992年にリオデジャネイロで開催された「国連環境開発会議(地球サミット)」でより広まったと思うんです。
そういった時代の空気感の中、日本ではとても早い段階から、金井さんは三井住友信託銀行でサステナビリティ領域に関わってこられました。それは心の中に「今後の社会はこういう動きになる」という感性を持っていらっしゃったからではないかなと思ったんですが、ご幼少の頃や学生時代から関心があったんですか。
金井氏:子どもの頃から、周囲と考え方が合わないことが多くありました。自分ではごく普通と思っていることが、周りの人たちはどうもそうは考えていないのです。一方で、外の世界にとても興味があり、自ずと日本と海外の常識がかなり違うことに気付き、おかしいと思うようになりました。高校の時にその思いを作文に書いて提出したものの、先生から何の反応もなく、がっかりした記憶があります。
会社に入ってサステナビリティを知り、共鳴し業務を立ち上げたのですが、またしても周囲とのギャップに直面し、苦難の始まりとなりました(笑)。
熊野:孤立した環境で独自に進化する「ガラパゴス」ともいわれるように、日本は地理的に島国で孤立し、自国中心のものの見方をしている。金井さんは若いころから、「本当にそれがいいのか」と、客観視、俯瞰視していたということですか。
金井氏:東洋の片隅ではなく、グローバルに開けたところに普遍性があるという感覚はありました。勿論、内容を精査する必要はありますが、不可逆的に国際コンセンサスが形成されたなら、それには真摯に取り組む必要があると感じていました。石炭火力発電がその典型で、今の方針を維持できないのは自明の理なのに、なぜ日本は方向を変えないのか不思議で仕方がありませんでした。
熊野:日本に資源がないのは明白ですね。資源が産業の基盤となっている時代に、日本はそれを輸入で賄って技術で花を咲かさないといけない。でも技術面から考えたとき、例えば先ほどの石炭火力の例で言うと、二酸化炭素(CO2)の排出量が多い石炭産業にいつまでも注力していたら、他国にどんどん遅れをとってしまうでしょう。そういうグローバルな視点がないですよね。なぜでしょうか?
金井氏:一種の思考停止だと思います。現状維持のベクトルがすごく強い。海外でどうあろうが、科学的にどうあろうが、関係がない。固定観念や空気感をつくり上げてしまっている。それを否定する正論は、「空気を読まない」ということにすらなってしまうんです。
三井住友信託銀行は、2018年、国内外の石炭火力発電事業へのプロジェクトファイナンスに対し、原則として新規融資をしない方針を統合報告書で明らかにしました。邦銀ではかなり早かったと思います。すると大手メディアから取材の申し込みがあり、「本当に書いていいんですね」と何度も押念され、「空気」形成のメカニズムの一端に触れた気がしました。社内においても、具体案件の審査になるとすんなりといったわけではなく、毎回、相当な議論がありました。そこでは、「ビジネスではなく、環境問題として何が正しいか考えませんか。」と正論を吐きました。
熊野:三井住友信託銀行の常務執行役員の方から「あのときは疑問に思ったこともあったけれど、今はさすがだと思っている」と伺いました。
金井氏:当時の私は日本が石炭火力政策を変えるのは流石に時間の問題だと思っていましたし、実際そうなりました。一方、多くの企業が、気候変動問題を深く掘り下げないままに、昨日までの方針を180度変えました。これも、また「空気」でした。
合意形成を重んじる日本と世界とのズレ
熊野:先ほど話にあがった固定観念や現状肯定の話に戻りますが、銀行は組織であって、組織の常識は、変な話、合意形成から生まれるじゃないですか。合意形成を重んじると、グローバルに見たときにおかしな内容・方針でも、常識になってしまう。
だからこそ、世界のマジョリティを常識としたとき、日本や組織の合意形成体質はリスクだというのが金井さんの見立てですよね。ガラパゴス的な合意形成の日本と、世界の一般常識や時代のマジョリティの間にズレが生じる。国内でいち早くサステナビリティの取り組みを推進されてきた金井さんは、このズレに相当苦労されてきたと思うんですけど、どうすればチューニングができるのでしょうか。
金井氏:日本はグローバルでは何をしているか、ということへの関心が極めて薄いんですよね。加えて、「グローバルがどうであろうが、日本は日本である」という、変な開き直りがあるんです。しかも企業は重要な国際会議にあまり参加しません。だけど、そこで国際コンセンサスが作られていくんです。ルールが決まった後に「それはできない」って文句を言っても、「だって、あなたいなかったでしょ」と言われるだけです。中国などは人を送り込んでどんどん発言し、ルールメーキングに積極的に関わっていますね。
他方で、日本の組織は、本質を掘り下げないまま、国や国連などのオーソリティが定めたルールに盲目的に従うという癖があります。国家主導でいろいろなものを進めてきた成功モデルが強すぎて、「国のやり方に乗っかっていれば、そう悪くはならないだろう」と未だに考えているフシがあります。
熊野:わかります。国家依存が常態化し、資本主義の体を成さなくなっていますよね。
金井氏:そういう意味では、日本は社会主義的ですね(苦笑)。
熊野:特に昨今、重要視されるESGは修正資本主義的な側面があるじゃないですか。資本主義の新たなルールが世界で決まっていくときにも、日本では、資本主義の主体は民であるという意識が欠如しているとお考えですか?
金井氏:希薄で、足りないと思います。ESGは、目先の行動を制約するものであっても、長い目で見れば、それが果実を生むから行うものです。民が自分ごととして考えなければならないものです。
熊野:でも、国家資本主義の人たちは国際会議に参加しますよね。思い返してみると、2010年頃にヨーロッパでサステナブルをテーマにした会議があって、うちの社員を行かせたんですよ。後で聞いたら、日本人は2人だけだったと。そして、中国から来た40〜50人が積極的に意見していたそうで、それが通るんですって。
金井氏:私が昔参加していた会議では、2人もいれば多いほうでした(笑)。
熊野:最近は、ダボス会議に参加する日本人が増えたみたいですけどね。
金井氏:確かに、最近では金融界のグローバル会議には日本人が結構参加していると聞きます。ただ、その場で十分発信できているかどうか。
熊野:日本の学歴社会で育った人は、過去問の解き方は上手でも、未来に対する仮説のつくり方が苦手なのだと思います。
金井氏:そうですね。海外で名刺交換をすると、金融関係者でもPh.D.の肩書をよく見かけますが、日本企業の特に文系の人の多くは大学を出て直ぐに就職します。自分もそうなので偉そうなことは言えませんが、国際舞台で彼らと渡り合っていくには力量不足だと感じます。もちろん語学の問題もあります。
あとは、合意形成を重んじる会社という組織の中にいて、仮説を立ててそこで発言しても、持ち帰って自社の現状を変えるのは難しいと考えている面もあると思います。
信託銀行の本質は、誰かのために信じて託す「信託精神」
熊野:そんななか御行は、銀行の中では保守的な立場を飛び出して未来志向で動かれているように思います。
金井氏:ちょっと変わった銀行だとは思います(笑)。
熊野:金井さんがいらっしゃる部署、サステナビリティ推進部ができたのはいつですか?
金井氏:2003年です。
熊野:2003年の日本で、サステナビリティを掲げるのは早いですね。2000年の国連ミレニアム・サミットでMDGs(ミレニアム開発目標)が合意されましたが、2001年のアメリカ同時多発テロ事件の後の社会情勢の中で消えていって、ましてやそこで掲げられたサステナブルという概念は、探すのも大変なぐらいに消えかかって。
そんな時代に、世界最大のサステナビリティイニシアチブ「国連グローバル・コンパクト」が2000年にニューヨーク国連本部で正式に発足して、活動を開始していると聞きました。これは環境業界でも、ものすごくレアなことでした。まして金融業界で2003年にサステナビリティ推進部を立ち上げるとは、ご苦労があったんじゃないですか?
金井氏:実は、それがなかったんです。部署の立ち上げの前、年金運用セクションにいてSRIファンド(社会的責任投資)をつくったんですよ。そのとき、自分たちがやってもいないのに人様を評価することはできないと思ったので、上司に相談して、2003年5月の連休明けに当時の社長へ説明しに行ったんですね。
当時はまだCSRと言っていた時代で、SRIとCSRがどういうもので、当社としてそれぞれどうあるべきかを説明したら、社長が聞きながら資料へ熱心に線を引いていたんです。そうしたら、6月1日に部署ができて、もうびっくりしました。
熊野:ええ!? 超特急ですね。
金井氏:驚きました。「ファンドをつくる」と話しただけで、「組織をつくる」なんて言っていませんから。でも社長からすると「我が意を得たり」で、これは是非やるべきであると。
熊野:琴線に触れられたわけですね。
金井氏:ええ、そのようですね。企画部門の担当役員からも後押ししてもらえました。
熊野:CSRからSRIへの流れというのは、まさしく信託精神ですよね。
金井氏:それは間違いなくあると思います。
熊野:単に融資をする・お金を貸すのとは違って、社会の公僕であるという。
金井氏:戦後の金融制度は、安定的な資金供給を進める観点から、長短金融が分離されていました。普通銀行は短期貸出が中心で、長期の貸出は長期信用銀行や信託銀行が担っていたのです。信託銀行の場合は、貸付信託という主力商品を通じて長期のお金をお預かりし、基幹産業等へ長期の貸出を中心に行ってきました。こうしたこともあって、戦後の復興の一翼を担ったことに対する自負があります。
熊野:なるほど。
金井氏:もう1つは、信託に対する思いと責任です。企業年金制度を支えてきた年金信託という商品を例に取ると、お客様である企業は信託銀行に年金資産の管理や運用を「委託」します。「受託」した信託銀行は、掛け金を支払う社員や年金を受取る退職者という「受益者」のために一所懸命に働きます。この三者で構成される仕組みが信託の特長なんです。
信託の起源と言われている英国の「ユース」は、十字軍の遠征に赴く兵士が、信頼できる人に土地を譲渡し、そこから得た収益を国に残してきた家族のために利用する仕組みとして活用されました。「ユース」が近代的な財産管理制度へと発展していく中で「トラスト」と呼ばれるようになり、日本には明治時代に「信託」という名前で入ってきて、大正時代に「信託法」などが整備され発展してきました。
熊野:面白いですね。
金井氏:年金信託においては、直接の顧客は企業です。しかし、その企業だけではなく、背後にいる夥しい数の社員・OBの利益のために最大の努力を払わなければなりません。これが信託における「フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)」という考え方です。先程の十字軍であれば、戦地に行った兵士のために全力をかけて財産を守りますよ、と。この信頼関係がないと、信託ビジネスの根幹が崩れてしまいます。
熊野:委託者に委託されるけども、受益者に果実を提供するということですね。とても興味深いです。
金井氏:信託の機能の1つに「倒産隔離」があります。つまり、信託財産は独立した状態にあり、たとえ委託者や受託者が倒産しても倒産手続きの対象とならないように厚く保護されているんですね。だからこそ、受託者としての責任は非常に重いのです。
熊野:なるほど、そういった受託者精神のもとでは、短期的な目先のことよりも長期にわたる義務を果たさなければという意識が強まりますね。例えば「30年後の将来をどう見ているの?」といった話が大事になる。冒頭におっしゃっていた、石炭火力のお話とつながります。
金井氏:そうですね。信託の機能はある意味で時空を超えています。だから、長期視点の企業カルチャーや社員のDNAは自然に備わったものだと私は考えています。ただ、90年代の金融制度改革で長短分離などが見直され、銀行・証券・信託といった業態の垣根を超えた競争が激化しました。そんな中で、多品種少量生産型の信託商品ラインナップが見直され、商業銀行のビジネスモデルとの同質化が進展しました。やむを得ない面もありますが、近年は「本当にこれでいいのか、やっぱり信託銀行の本質は信託じゃないか」という話が出てきています。おそらく今後、信託銀行ならではの商品サービスを追求する動きは強まっていくと思いますね。
(後編へ続く)
対談者
金井 司(かない つかさ)氏
三井住友信託銀行株式会社
サステナビリティ推進部 フェロー役員
2003年にサステナビリティ部署の立ち上げを主導し、2018年より現職。この間、SRI(ESG)ファンドの開発、環境不動産業務の立ち上げ、ポジティブ・インパクト・ファイナンスの開発、テクノロジー・ベースド・ファイナンスチームの組成等を手掛ける。「21世紀金融行動原則」及び「インパクト志向金融宣言」の初代運営委員長。環境省「地域におけるESG金融促進事業意見交換会」「ネイチャーポジティブ経済研究会」、金融庁「インパクト投資等に関する検討会」、内閣府「地方創生SDGs金融調査・研究会」、農水省「農林水産業・食品産業に関するESG地域金融の推進に向けた有識者検討会」委員等を務める。
イベントのご案内
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