「恩送り」こそ、社会を良くする原動力(前編)
2024年4月に設立された、循環と共生をコンセプトに公民の共創を促進する「一般社団法人エコシステム社会機構(Ecosystem Society Agency:略称ESA、以下ESA)」。
このたび、当社の代表取締役会長 兼 CVOの熊野英介が、ESA理事で花王株式会社特命フェロー コンシューマープロダクツ事業統括部門の小泉篤氏と対談を行いました。
小泉氏は入社後、30代で大ヒット商品「クイックルワイパー」などのマーケティングを担当し、その後アジアを中心としたハウスホールド事業の海外責任者を務めました。現在は特命フェローとして同社のESG推進・コーポレートブランディング等を支援しています。
小泉氏の座右の銘は"Pay it forward"(恩送り)。この言葉に至った原点やキャリアを振り返りながら、サステナビリティ経営に求められるビジネススキルや組織マネジメントについて語り合いました。
(対談日:2024年11月8日)
花王の「よきモノづくり」の原点と「恩送り」精神の重なり
熊野:さっそくですが、小泉さんは花王のマーケティング部門をずっと歩んでこられて、海外でのお仕事経験もおありですね。入社された1985年頃は、プロダクトアウトからマーケットインへの移行期ともいわれる時代で、まさしくマーケティングの変革期ですね。今では当たり前になっている、ビジネスやマーケティングのスタートをご経験された社会人人生だったと思いますが、まずは座右の銘として挙げられている"Pay it forward"(恩送り)の原点を教えていただけますか。
小泉氏:40歳の時にとあるリーダーシップ研修に参加し、その時の研修テーマの中にこのPay it forwardという言葉があったのです。「自分が誰かに良いことをすると、その相手からさらに次の誰かに広がっていく」という仕組みなのですが、これが弊社の原点である「よきモノづくりを通して生活者の方々の暮らしを変えていく」という消費者奉仕の精神とつながり、なるほどよきモノづくりの原点とはPay it forwardなのだ!と勝手に解釈したのです。
そして、自分たちが得たものをできるだけ多くの生活者に届けていく、これが「恩送り」ということになるのですが、その恩を受けた人がまた次の人に恩を送るという連鎖が、家族や社会、そして世界を良くしていけると感じています。
その後、海外ビジネスで実践してみる機会があり、本社に戻って色々な企業の方とネットワーキングする立場になってからも、考えを意識して活動しています。2019年に弊社がESG経営に舵を切る中でも、Pay it forwardの考え方に近いものを感じましたし、執行役員を退任した後の特命フェローとしての役割を考えた時も、やはりPay it forwardが重要だな、と。そして、今年ESAの理事にお声掛けいただいて、自分自身もまさに恩送りを実践される方々の関係性の中で、活動させていただいていると感じます。
熊野:花王さんのミュージアムに行かせていただいた時に知ったのですが、海外の石鹸職人が、顔も洗えないようないい加減なものを作っていた時代に、御社は顔(Kao)も洗える高品質の国産石鹸を作ろうと考え、これが社名である「花王」の由来になったそうですね。良いモノづくりでないと広めてはいけないという考え方。まさにそれがPay it forwardで、良いモノづくりは連鎖していくよ、と。それにしても、小泉さんにはこのような思いに共感する原体験があったのでしょうか。なかなかこのようには考えられないものですよ。
小泉氏:実は、中学、高校、大学と常に学校の成績で底辺にいたんですよ(笑)。高校も大学も補欠合格。そもそも勉強が好きじゃなくて、スポーツを通して学ぶことが好きでした。高校ではラグビー、大学では競技スキーを通して、社会に出てから有益になる学びを得ることが多かったですね。
大学4年生の時に「自分は何のために生きているのだろう」とふと思う瞬間があって、就職活動ではとにかくがむしゃらに色々な会社を受けました。美を扱う化粧品に興味を持って資生堂さんの面接を受けましたが、終わってすぐにこれは落ちたなと思いました(笑)。
そこで、当時就活で使っていたリクルートブックという分厚い本を銀座の真ん中でめくっていた時に、花王のオフィスが近くにあるのを見つけて電話したのです。そうしたら、今から面接してくれるということになり、そこでスキーの話を3回したら、なぜか入社できました(笑)。
本気でやりたいことが見つかりスポーツと同じように努力さえすれば、どんどん吸収して、自分が成長していけるのではないか、と何となく感じていました。そして社会人になり、持ってないものを得るために努力をすることは、なぜか何事も苦になりませんでした。とにかくがむしゃらに本を読み、人に話を聞きました。それが大きく自分の行動を変える転機だったかもしれません。
そうやって土台がだんだん出来てくると、次は自分のアイデアで何かモノをつくりたいという思いが芽生え始めました。まさに「よきモノづくり」、自分の個性を発揮してよきモノを提供したいと考えるようになったのです。
モノづくりという言葉はもちろん普通に使われますが、弊社ではそこに「よき」を付ける意味合いとして、「誰にとってよきものなのか」を考えろということ、それが、弊社の商品開発五原則の「社会的有用性の原則」に結びついていくわけです。
ラグビーから学んだ、VUCA時代のモノづくりの現場マネジメント
熊野:知識教育には答えやゴールがありますが、スポーツにはそれがないですよね。今の社会の閉塞感の根底には、知識教育があるように感じていて「学力を上げたらどこかに答えが見つかる」みたいな雰囲気というか。一方でスポーツは不確実性の極みで、仮説を立てて実行する、プロセスの面白さがありますよね。答えをなぞるのはどうも性に合わん、といったような。
小泉氏:それはありますね。スポーツの中では、ラグビーがやはり原点ですね。
実は、小学生の時には野球をやっていました。野球は選手と監督が同じユニフォームを着て監督がベンチからサインを出して指示したりしますが、ラグビーではヘッドコーチはフィールドの外にいて、キャプテンマークを付けた選手がフィールドで指示します。この違いは何でしょうね。
もちろんラグビーにもサインやルールがありますが、野球のように監督のサインで動くことはありません。フィールドに立ったら動くのは選手で、あとは全て選手に任せます。野球が嫌いなわけではありませんが、社会人になって部下を持つようになった時、自分のマネジメントスタイルはラグビー型でしたね。
社会人にとっての試合って、例えばよきモノづくりについて意見交換をするのは練習、つまりはコーチングで、それをしっかり製品化まで持っていく段階はフィールドで試合が始まった状態と言えます。製品をローンチしてフィールドに出していくと、今度はサービス品質の問題や、製品の不具合に対するクレーム対応といった問題が発生します。それはラグビーボールが思ったところに転がってこない時のようなもので、フィールドにいる自分たちで物事を解決することが必要になります。ビジネスのフィールドでも、現場に任せることが必要だと思います。
熊野:ラグビーを例にお話しいただきましたが、つまり不確実性、「決まらない」ということがナチュラルなんですよね。そのような中で、不確実性をどう確実にして点を取るかというラグビー型のマネジメントは、臨機応変なチームワークみたいな世界ですね。
ここからは小泉さんのマーケティング領域のご経験についてさらに深くお聞きしたいのですが、かつての市場調査が全盛期だった時代から、人口ボーナスが終焉を迎えマーケットインのビジネスが持続しない20世紀後半が到来し、そして不確実性の球拾いのような現在までを経験されて、そこから学んだこと、知恵のようなものはありますか。
小泉氏:マスマーケティングで対応できていた時代から、バブル崩壊を経験して、分衆化が始まりました。それまでの一億総中流的な、みんなが同じものを着たり、同じ車に乗るという考え方ではなくなり、個のニーズが際立ちはじめたのです。かつてはマスの声を集めていればよきモノづくりができていましたが、今は潮流の変化に対して、生活者視点の深堀、N1(実在する特定の顧客1人)からのアプローチが重要になってきていると思います。
やはり深層心理のインサイトが、不確実性の球拾いを、確実に近い方向にリードしてくれると思います。
そして戦略には「STP(エスティーピー)分析」、Segmentation(セグメンテーション)、Targeting(ターゲティング)、Positioning(ポジショニング)が必要です。変化が激しい時にこそ、プラン通り進まないのはあたりまえ、だからこそSTPが必要になります。PDCAを回すための戦略ツールです。
熊野:マスマーケティングからインディビジュアルマーケティングのような形に変化していったということですね。僕らは業界が違うから分からないのですが、個性に合わせながら売り続けることはできるのでしょうか。個人って飽き性じゃないですか。そこはどうされているのか気になります。失敗も多いのではないですか?
小泉氏:はい、失敗は多々ありますね(笑)。3年ぐらいはもったけれども廃止したという製品もありました。生活者が欲しいと言っても、例えば年1回しか使わないような製品でビジネスを回すのは不可能です。
今はいかに顧客との「絆」を作っていくかが重要です。エンゲージメントを形成できるとロイヤルユーザーになり、ファンとなって支えてくれます。飽きさせないマーケティングが必要です。
自分のマーケティングの経験の中で一番勉強になったのはクイックルワイパーです。弊社の企業理念「花王ウェイ」の中に現場起点というものがあり、モノをつくる過程で生活現場に行って見て来なさいと。それで製品を出す前のモニターだけでなく、出した後にもユーザーのご家庭にお邪魔して、使い方や感想を直接聞きに行っていました。
そんな家庭訪問の中で一人暮らしの女性は、夜遅く帰って来て掃除機をかけると隣の人からうるさいと苦情が出るが、クイックルワイパーのおかげで静かに掃除できるとおっしゃっていました。われわれは髪の毛が取れるという機能価値で売っていたところを、違う価値で愛用してくれている生活者の発見からマーケティングのアイデアを学びましたね。
自分たちの想定とは異なる価値を得たという方がたくさんいらっしゃれば、そこを他の生活者にお伝えしていく。それって今までのマーケティング手法とは異なり、むしろ新たな使い方提案を行ったと言えるのではないでしょうか。
「きれい」という価値観でお客様とともに市場を創造する
熊野:実際に使っている方から教えてもらうということですね。商材を通じてニーズを顕在化させる、と。そのように現場起点を実践する中から、御社のESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」は始まったのですか。
小泉氏:弊社にとって「きれい」というのはキーワードです。その原点には日本人の清浄観があります。「清潔な国民は栄える」という経営のスローガンのもと、国民が清浄な生活を送るために必要な製品や情報を提供する、清潔な国民を支える、という清浄観が弊社の原点にあったのです。
われわれが入社した当時は、花王の経営理念や花王ウェイの歴史などを、社長はじめリーダーが伝えるようなことがあって、全社員がこのような社内研修用の冊子をもらっていました。「清潔な国民は栄える」という考え方で「きれい」という言葉、清浄観、清潔をとても大事にしています。
そこからさらにライフスタイルへと転換していった背景には、QOL向上のためにはモノだけではなく、そこに情報やサービスの価値を付随させていく必要があったからです。「モノ」「情報」「サービス」の提供価値を作り、使われることによって、生活者や社会、地球にとって、どんな良いことがあるのか。機能的な価値だけじゃなくて、情緒的な満足感、社会的有用性を現場起点で提供できるかということです。
そして、2019年にESG経営に舵を切ったタイミングでKirei Lifestyle Planを発表しましたが、それに合わせてパーパスの策定に取り組みました。グローバルスタッフも入れながら作ったパーパスで、"To realize a Kirei World in which all life lives in harmony"、「すべての生命が調和の中で生きるきれいな世界を実現するために花王は存在する」と決定しました。日本人の清浄観からくる「きれいな世界」を、各事業が実現していくために、パーパスは目指す北極星です。
パーパス実現のためのESG戦略を構成する3つの要素は"Me" "We" "Planet"です。きれいな世界を実現するのはMe、個人のQOLの向上です。Weはダイバーシティや人権など、社会問題に対する提案や解決です。Planetは脱炭素や生物多様性、サーキュラーなど地球環境です。弊社では、きれいな世界を実現するために"Me" "We" "Planet"を全ての活動の中にビルドインすることを重視しています。ラグビーに戻ると、コーチングにおいて指示やサインは、できるだけわかりやすくしないといけませんからね。
熊野:ここでもやはり、ラグビーになるのですね(笑)。
後半では、小泉さんが経験されてきた海外事業での学びや、これからの持続可能な企業経営の在り方について深堀していきましょう。
対談者
小泉 篤(こいずみ あつし)氏
花王株式会社 特命フェロー コンシューマープロダクツ事業統括部門
1985年花王株式会社入社。
20代の販売部門(北海道配属)を経て、30代からマーケティング畑を歩み、主要ブランドであるビオレ・クイックル・マジックリン・アタックのブランドマネジメントを通して、酸いも甘いもブランドの面白さを経験。
40代でハウスホールド海外事業の部長として主にアジア地域での事業拡大とブランド育成に取り組み、2009年から花王インドネシア社長としてリーマンショック後の事業立て直しに奔走し、事業構造改革によりV字回復を果たした。
50代は事業部長を経て、執行役員として花王が2019年にESG経営に舵を切る中でコンシューマープロダクツ事業の事業横断のマネジメントと事業ESG推進の指揮を執る。
現在、花王の特命フェローとしてESG推進・マーケティング(ブランディング)・社内起業家を支援。国連UNGCのカントリーネットワーク組織GCNJ(グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン)の理事、ESA(エコシステム社会機構)の理事を兼務し、気候変動対策とサーキュラーエコノミーの分野で活動中。また、日本マーケティング協会(JMA)のマイスター代表を務め、CMOの育成に奔走中。
座右の銘は"Pay it Forward"
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