「関係性」が未来を変える―価値づくり時代に向けて、個性・社会性を引き出す学びとは①(2019年6月11日)

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近年は

  • 「ESG投資」
  • 「コミュニティ投資」(ESG投資のうち、特に社会的弱者や支援の手が行き届いていないコミュニティへの投資)

をはじめ、持続可能な社会の実現に向けて、社会課題の解決に資する事業を応援しようという動きが高まっています。

一方、現在の日本では、子どもの7人に1人が貧困状況にあると言われています。
また高齢者の貧困問題も深刻化しており、生活保護受給世帯の約半分(53.8%、約87万世帯)が65歳以上の高齢者です(2018年3月時点)。
SDGsに掲げられている目標「貧困をなくそう(目標1)」「すべての人に健康と福祉を(目標3)」「質の高い教育をみんなに(目標4)」を達成する新しい社会づくりが、今求められています。

私たちの誰もが、豊かな人生を送りたいと願っています。
子どもからシニア(高齢者)までが未来に希望を持ち、豊かな人生を送ることができる社会は、
どのように実現可能なのでしょうか?

今回は以下のお2人に、社会課題の背景にある社会ニーズと未来創造に向けたヒントをお伺いしました。

  • 大竹 洋司さん  (公文教育研究会 学習療法センター代表)
    認知症の維持・改善をはかる「学習療法」の全国1400の高齢者介護施設への導入を始め、すべての高齢者が生き生きと自分らしく生をまっとうできる社会づくりに取り組む。
  • 渡辺 由美子さん (特定非営利活動法人キッズドア理事長)
    経済状況や被災をはじめ様々な困難を抱える子どもたちを対象に、無料の学習会等の支援を通して、すべての子どもが将来に希望を持ち活躍できる社会を目指し活動している。


五感と関係性の「記憶」が、感動と個性の源泉

熊野:近年ではSDGsの影響もあり、社会問題を自分事として、あるいは社会ニーズと捉え積極的に取り組もうとする人が、地域はもちろん、企業や個人でも増えつつあります。そうした背景を受け、今日は「子ども」と「シニア(高齢者)」、それぞれの領域でご活躍されているお2人に、未来づくりのヒントを頂ければと思っています。

理想の一方で、現実的な問題にも沢山向き合っていらっしゃったと思いますが、今のご実感はいかがですか?

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大竹さん:介護業界は、急激に高齢者が増えていることもあり、まず人手不足という現状があります。アメリカでは「一人一人に合った介護をしましょう」という運動があったりしますが、日本は三大介護(食事、排泄、入浴)で精一杯という施設が圧倒的に多く、業界の課題でもあります。そうした中で私たちは、簡単な読み書き・計算とコミュニケーションにより認知症を予防・改善する「学習療法」というものを実践しています。

熊野:「認知症」の方が「学習」するというのは、思い込みを外さなければ生まれない発想ですね。

大竹さん:ある年齢以上になると「直前の事は忘れるが、昔のことは覚えている」ということがよくあります。そのため読み書きや計算を通じて、昔の出来事を思い出すような教材を作っています。

例えば、何もできないと思っていた重度の認知症の方が、難しい暗算を始めて驚いた。ご家族に尋ねると、何十年も八百屋の行商をしていた方だった。また認知症で時には暴力も...という方が、読み書きをすると非常に得意。実は、昔は新聞記者として頑張っていた人なんだと分かる。

熊野:自分の手足や五感を伴った記憶が、無意識の行動を支えている。身体的な記憶というのは、人間の非常に深いところに残っているのでしょうね。渡辺さんはいかがですか?

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渡辺さん:私たちは10年以上、子どもの学習支援活動をしていますが、収入が高い家庭の子はテストの点数が高く、その反対も然りというのは、現前たる事実です。

なぜこの差がつくのか? これを明らかにするために以前、教育社会学の専門家の先生と、キッズドアの学習会に来ている保護者と子どもたちを対象にした調査を行いました。

結果分かったのは、家庭の経済状況だけでなく「文化的資本や社会関係資本が子どもの学力に大きく影響している」ということです。

もちろん「塾に行けない」「勉強する場所がない」「そもそもお腹がすいている」といった経済的貧困による問題が、一義的な要因にはなっています。しかし文化資本(知見・視野を広げる体験、自然・本・芸術等と触れ合う機会)、社会関係資本(人々の間にある信頼関係や社会的ネットワーク)も揃わなければ、学力は向上しないことが分かりました。

 だからこそ、私たちは「総合型」の学習支援という形を大切にしています。単に勉強をする環境があるというだけでなく、自然や文化と触れ合う体験があることや、子どもたちが安心できる人々に囲まれていること。そうした「関係性」の豊かさが大きく影響しているんです。




熊野:「人生」というものが生きてきた時間の累積だとすれば「豊かな関係性」の総和が「豊かな人生」に繋がるのだと思います。

今後はAIやIoTの発展により、現実と仮想空間の重複化が進んでいくのでしょうが、人や自然と自らの「五感」を通して関わった「記憶」が、やはり「感動」の源泉になると思います。社会のデジタル化が進んでも、その点は変わらないのではないでしょうか。

この点は、新たな社会づくりに向けて、人々の行動をデザインする上でのポイントになりそうです。

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渡辺さん:私たちの学習会には、様々な世代や背景のスタッフやボランティアの方が関わっています。そうした中で、色々なロールモデルを知ることや対話があることが、子どもたちにとって非常に良いと思っています。

学習会に来ても全く勉強せず「騒いでるばかりで、他の子に悪影響だ」と言われている子がいたのですが、一人のボランティアさんが数年掛けて見守ることで、突然ガラッと変わり、ものすごく勉強熱心になった、なんてこともありました。

大竹さん:素晴らしいですね。それぞれの人の違いや個性、日々の小さな変化や成長に気付き「認め・褒め・励ます」というのは、私たちの創業者 公文公の教えでもあります。

渡辺さん:これまでの教育現場や社会では、頭が良くて運動もできて人にも優しい...といった何か「一番良い人間」のモデルがあって、皆がそれを目指すという形だったように思います。一定の経済力を持つことが、皆にとって幸せな時代だったからかもしれません。
けれど最近は「人間関係は全然だめだけど家にこもってプログラミングするのが得意だ」という人が出てきたりしています。

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熊野:近代社会では「優しさ」や「勇気」といった関係性は重視されず、専門性や能力などばかりが評価されてきました。

しかし企業でも、一見「生産性」とは無関係そうな人間性や評価基準には含まれない能力が、実際にはケイパビリティ(企業が全体として持つ組織的な能力)に繋がっています。私は、企業の本分は「生産性の追求」ではなく、事業を通した「価値創出」だと思っています。これからは、単純な「作業」ではなく、企業らしさや自分らしさを発揮して、人の心や社会のニーズを掴む「仕事」が、ますます求められる時代になると思います。

渡辺さん:本当にそうですね。個性や多様性を認め合える社会を目指すことは、幸福度の向上にも繋がると思います。


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■2019年連載「信頼の世紀―微力なれども無力ではない―」

アミタホールディングス株式会社の代表取締役である熊野英介のメッセージを、動画やテキストで掲載しています。2019年度啐啄同時は「信頼の世紀―微力なれども無力ではない―」をテーマに、「誰一人取り残さない」持続可能な未来創造に取り組まれている方々との対談をお送りしてまいります。

「啐啄同時」連載一覧


■代表 熊野の書籍『思考するカンパニー』

2013年3月11日より、代表 熊野の思考と哲学を綴った『思考するカンパニー』(増補版)が、電子書籍で公開されています。ぜひ、ご覧ください。

※啐啄同時(そったくどうじ)とは

鳥の卵が孵化するときに、雛が内側から殻をつつくことを「啐(そつ)」といい、これに応じて、母鳥が外から殻をつついて助けることを「啄(たく)」という。雛と母鳥が力を合わせ、卵の殻を破り誕生となる。この共同作業を啐啄といい、転じて「機を得て両者が応じあうこと」、「逸してはならない好機」を意味するようになった。

このコラムの名称は、未来の子どもたちの尊厳を守るという意思を持って未来から現代に向けて私たちが「啐」をし、現代から未来に向けて志ある社会が「啄」をすることで、持続可能社会が実現される、ということを表現しています。