未来デザイン談義 -ドミニク・チェン博士×熊野 英介 編- vol.3

ドミニク・チェン博士(早稲田大学文化構想学部 准教授)との対談(全4回)、vol.3です。
今回は、量子コンピューターを事例に、近代科学が是としてきた「客観」という立場に疑問を呈しつつ、主客一体の未来づくりの可能性と社会実験について語り合いました(対談日:2020326日)。

未来の価値指標

熊野:新型コロナウイルスの感染拡大により、実体経済のみならず金融危機発生のリスクが高まっています。原油価格の急落と相まって、株式のみならず国債価格までが乱高下する中で、資産を問わずにリスクを落とそうと、投資家が資産をキャッシュに変える動きが拡大しています。十年以内に、金融システムが機能しなくなる可能性も十分にあり得ます。

ドミニク氏:経済発展の指標とされてきたGDP(国内総生産)は1934年頃に出てきた、比較的若い指標ですね。その後、現在に至るまで社会の発展であったり、人口規模のウェルビーイングを測るためにも使われてきました。しかし、そこから零れ落ちてしまう価値も沢山ある。近年では、そうした限界も指摘されています。これからの時代に、価値として何を指標とするか、という議論が始まっています。

熊野:これに関して、前回の対談では『私たちのウェルビーイング』の研究についてご紹介いただきました。そして「共話」をキーワードに、変化し続ける他者を自らの中に取り入れ、自己を編み直し続けるコミュニケーションのお話を伺いました。

実はご著書『未来をつくる言葉: わかりあえなさをつなぐために』を拝読した時、最も心に響いたのが「共話」というキーワードでした。そして、同時に頭に浮かんだ言葉が「量子コンピューター」なんです。量子コンピューターの考え方では、例えばコインの表をA、裏をBとすると、コインをはじいて回っている状態は、"Aであると同時にBである"といえる。この思想が、共話の話とつながりました。

ドミニク氏:なるほど、"Aであると同時にBである"、"我であると同時にあなたである"という。面白いですね。その発想はこれまでなかったな。

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0か1しかないこれまでのコンピューターと違って、量子コンピューターは01の間の複数の状態の重ね合わせの状態を扱うことができます。量子コンピューターを「同時並行に存在する複数の世界で、同時並行に計算するもの」と説明した学者もいましたが、確かに、共話やアフリカの部族のコミュニケーションにも近い世界観があるかもしれません。自分とは「私」と「他者」のあわいのなかに存在しているもの、というように。

20世紀の自然科学では、客観性を重んじて主観は排除する、自らは介在しないという姿勢があるべき態度とされてきました。他方で、複雑系や認識学においては、主観と客観は切り離すことができないものであり、今は"主観をどう取り入れるのか"が大きな問題です。観察している時点でその観察者は対象に関与してしまっていて、どうしたって主観が入る。これは量子力学からインスパイアされた観点です。

量子力学の次元においては、対象物の位置と運動量の両方を確認することは原理的にできないといわれています。有名な量子力学の議論で、不確定性原理というものがあります。素粒子に光を当てて観察しようとする、でも光を当てるという行為によって、対象である素粒子の位置はわかるけれども、運動量は変化してしまう。この話を、私たちが生活しているマクロ力学系にまで拡張することはできませんが、客観的な状態というのはもしかしたら人間には絶対に分からないのかもしれないと考えさせてくれます。人間には不可知な領域があるという発想は、科学を考える上でもう一度私たちに謙虚な姿勢を促すのではないでしょうか。

熊野:ケインズの「美人投票」という有名な経済用語がありますね。これは、玄人筋の行う投資は「100枚の写真の中から最も美人だと思う人に投票してもらい、優勝した人に投票した人達に賞品を与える投票」に似ているというもの。この場合、投票者は自分が一番美人だと思う人ではなく、みんなが投票しそうな平均的美人へ投票します。株式投資も同じで、株取引をする多くの人が今後値上がりするだろうと判断する銘柄を選ぶことが有効な投資方法だと。これも"自分は介入しない"という姿勢ですよね。

最近では、プロシューマ(生産消費者)という言葉が生まれ、「つくる側・提供する側にも関わる消費者」が増えています。主客が1つでないと、良いものは生まれないという考え方が広まってきているんですね。前回も話に出ましたが、やはり、「自己の中にたくさんの他者を取り入れる、溶け込ませる」という感覚が非常に大事になってくると思います。他者というのは人間に限らず、他の生物も、自然も含めて、ですね。次なる時代の価値指標は「豊かな関係性」であるべきだというのが私の意見です。

カギは自発的、自然発生的な関係性の誕生

熊野:そういう意味で、これからはマーケティング的な過去の情報分析の時代ではない。具現化されておらずモヤモヤしているけれど、多くの人が今欲しいと感じているもの、切実に望んでいるもの。目に見えない絆や信頼や、ありがとうと言い合える関係性、そうした虚数解が実数解として可視化されるプラットフォームを実現したいんです。前回お話しした宮城県南三陸町奈良県生駒市の実証実験では、250400人単位で、ごみの分別精度や利用回数、滞在時間といった指標で人々の社会的動機性を測ることができました。さらには、引きこもっていた方が外出するようになった、友達が増えた、生活に張りが出てきた、など、利用者の暮らしのQOLQuality of Life:生活の質)が向上したというアウトカムも明確に観測されています。

ドミニク氏:熊野さんたちが取り組まれていることに対して、私たちが行おうとしているプロジェクトと同じスピリッツを感じますね。

東京の世田谷区に尾山台というところがあり、東京都市大学の坂倉杏介先生の研究室を中心に、そこの商店街にリビングラボを設置しようというプロジェクトを構想しています。商店街は毎夕、歩行者天国になるのですが、今までは主婦の方々が自転車で通っていく風景が見られるだけでした。そこで坂倉研の学生たちが路上にテーブルを置いて、ただそこに座って時間を過ごす、という実践を1年間ほど継続されました。すると次第に、自然発生的に子どもたちが集まってくるんです。そして、遊び場としての風景ができると、大人たちも学生に声を掛けるようになったそうです。

これをもしコンサルティング会社が入ってやったらどうなっていたでしょうね。きっと、のぼりとか立てて人を呼び込んで、その来場者数をKPIにしたりする。それで一定の盛り上がりを見せるかもしれませんが、それだと自発的には長く続かない。地元の人が自分たちで動き出すまで、じっと待つ、というところがポイントですね。

IMG_1604_5.jpg熊野:生駒市での実証実験でも同じような風景が見られました。ごみ分別する場所の横にストーブを置くと、地域の人がそこで焼き芋を焼いたり、お湯を沸かして次の方のためにコーヒーを入れて待っていたり、晴れた日にはこたつを持ってきてお年寄りと子供たちが一緒にカードゲームで遊んだり...。併設の施設では壊れたおもちゃの修理工房やパン焼き教室なんかも始まって。

住民の方が、自らコミュニティの場として育てていって下さるんです。最終的には地域の子供たちが「スタッフやりたい!」といって、自発的にシフト表をつくって、訪れるお年寄りにごみの分別方法やポイントの使い方などを教えるようになりました。「自分の役目がある」「町の人の役に立っている」という実感によって、子供たちの自己承認欲求が満たされたり、社会と分離せず「共話」する感覚が生まれる。そんな関係性が自然発生的に次々に生まれてきたんです。

ドミニク氏:素晴らしいですね。そこに住んでいる人たちの自発性から生まれる、という順番が非常に大事だと思います。
たまにデベロッパーの方から、「地域をもっと元気に」的なスローガンで都内の巨大用地を買い占めながら、ウェルビーイングの考え方を取り入れたい、という相談をいただくことがあります。でも、同じような複合施設をいくつも作ることという根本の発想自体が、地域住民の長期的なウェルビーイングを考慮していない可能性もあります。これからの都市計画は、そこのところを考えないといけないですね。

次回へ続く

最終回となる次回は、未来デザインに向けて、テクノロジーと創造性・文化性との関係とは?イノベーションを育む価値観とは?について語り合います(vol.4:6月22日公開予定)。

対談者

ドミニク・チェン氏

博士(学際情報学)。株式会社ディヴィデュアル共同創業者、早稲田大学文化構想学部准教授、NPO法人コモンスフィア、NPO法人soar、公益財団法人Well-being for Planet Earth理事。
デジタル・ウェルビーイングの観点から、人間社会とテクノロジーのよりよい関係性の在り方を学際的に研究している。近著に『未来をつくる言葉わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)。21_21 DESIGN SIGHTの次期企画展『トランスレーションズ展「わかりあえなさ」をわかりあおう』の展示ディレクターを務める。

参考図書

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